沈黙は金なり・・・?

  

  あっという間に・・・9月も中旬。

  大雪山には、初雪。 季節も目まぐるしい移り変わりの日々です。


  敬老の日も終わりましたが・・・116歳でマスターズ競技会に出場した外国の老人がマスコミで話題になっていますね。

  年齢での運動能力が常識では・・・?  本当の年齢は・・・まぁ、本人が言っているので信じましょうか。 
  

                116歳でマスターズ競技会

 

 不老不死は永遠のテーマ ?

・ かって、始皇帝は実際に不老不死の薬を求め、かえって死期を早めたようです。 その他にも不老不死を求める話は、東洋、西洋を問わず世界各地にあるようです。 

・ 不老不死とは、永久に若く死なないことですが、中国人の伝統的な生命観の一つとされています。

・ 古今東西の賢人は、不老不死を求める行為の愚かさについて指摘しています。

・ 不老不死が不可能と解っていつつ、少しでも長く生きたいと思いながら、毎日一日一日をいい加減に扱う人間の生き様を、東西の賢人達は警告しました。
 
兼好法師は『徒然草』の中で・・・

・ 名利につかはれて、しずかなるいとまなく、一生をくるしむるこそおろかなれ
                                  — 『徒然草』第38段

・ 人間はアリのように集って、東西に急ぎ、南北に走って…夜になると眠り、朝がくると働きだす。何のためにそうした生活をいとなんでいるのか。 ただ長寿を願い、利を求めてやむときがないのである。 しかし老と死はまことに速くやってくる。 そんな有り様で人生に何の愉しみがあるだろうか。 ところが迷っている人間は、それを少しも気にかけない。 というのは、名利におぼれて、死という人生の終点が近いことを考えようとしないからであ・・・。
                                  — 『徒然草』第74段

・ 古代ローマの思索家・セネカも、『人生の短さについて』で兼好法師と同様に、人生は短いのではない、人間がそれを短くしてしまっているのだ、と述べます。 それは不摂生で人生を短くしているといった意味ではなく、我々が、一日一日を大切に生きていない、一日一日を活かしきっていない、ということを述べているのです。

・ セネカは、毎日を「人生最後の一日」のように思いつつ、明日を頼りにして今日を失わないこと、心の多忙から解放されることを薦めます。 心が忙しないと、例え物理的には引退して別荘に住んでいても、心は感じるべきことを感じない。 セネカはこれを「怠惰な多忙」と呼んだのです。

・ また、心を肝心でない事柄に向けて忙しくしてしまうことを、ブレーズ・パスカルは『パンセ』などで「 ディベルティスマン」と呼びました。



 ・・・とは、云っても不老長寿、不死は、永遠の願いでしょうか。


 西洋では「elixir of life」(エリクサー)という錬金術の霊薬。 

● エリクサー(elixir、エリクシャー、エリクシール、エリクシア、イリクサ、エリクシル剤、エリキシル剤)とは、錬金術で、飲めば不老不死となることができると伝えられる霊薬、万能薬


○ 語源

・ アイザック・アシモフの『化学の歴史』(1967年、河出書房、A Short History of Chemistry, 1965年)「第二章錬金術 アラビア人達」によれば、語源は、乾いた粉と考えられていたことからギリシア語の "xerion"(乾いたの意)がアラビア語に翻訳され "al iksir" となった。

・ H・J・シュテーリヒの『西洋科学史』によればイスラム錬金術の祖ジャビル・イブン・ハイヤン、ラテン名ジーベル(他にゲベル、ジャビル)が金属の四元素四性質(温・乾・湿・冷)を変性し、作り出した1性質のみの元素を al iksir とした。 この al iksir を13世紀に翻訳した名がelixirであるとする。 この他、ラテン語のエリ(神)クシール(杯)とする説も存在する


○ 伝説

・ 錬金術の至高の創作物である賢者の石と同一、或いはそれを用いて作成される液体であると考えられています。 服用することで如何なる病も治すことができる、永遠の命を得ることができる等、主に治療薬の一種として扱われ、この効果に則する確立された製造方法は今もって不明とされています。

・ 中世ドイツでは、パラケルススという医師が賢者の石(=エリクサー)を用いて医療活動を行っていたという伝説があります。 彼は錬金術による人工生命体であるホムンクルスを創造したとも伝えられる人物でもあります。

・ 一方、中国の道教で仙人になるための霊薬を作る術である「錬丹術」(煉丹術)が目指していた不老不死の薬「仙丹(せんたん)」も、同様のものです。



○ 酒としてのエリクサー

・ 日本薬局方の製剤総則には「エリキシル剤」の定義があり、「通例、甘味及び芳香のあるエタノールを含む澄明な液状の内用剤である」としています。

・ また、ベネディクティンやシャルトリューズなどのリキュールで「エリクサー」の名を冠するものが実在し、これらは「酒」として分類されます。

・ ベネディクティンやシャルトリューズは創業当時から修道院内部でのみ製造されている薬草酒の銘柄として知られ、その製法や材料は門外不出となっています。 味はカンパリやアブサンなど他の薬草酒に比べ、極めて苦味が強く、アルコール度数も強いのが特徴ですが、リキュール特有の甘味も備えています。

・ これについては一般に市販もされ、また、ハンガリーのートカイ地域で生産される貴腐ワインのトカイワイン・エッセンシアもエリクサーの別名を持つとされています。




 ベネディクティンD.O.M. ● ベネディクティン(Benedictine) とは、フランス産のブランデーをベースとするリキュールのブランドです。 

・ ベネディクティンには、ベネディクティンD.O.M.とベネディクティンB&Bが存在します。 1510年に、フランス・ノルマンディーにあったベネディクト派の修道院で作られたものが始まりで、フランス革命時にレシピは失われも、1863年に復元されました。

・ ジュニパー・ベリーやハッカを始め、27種類のハーブが使われています。 アルコール度数は40度。


○ ベネディクト会 は、現代も活動するカトリック教会最古の修道会です。

 ベネディクト ・ 529年にヌルシアのベネディクトゥスがローマ・ナポリ間のモンテ・カッシーノに創建しました。 

  モンテ・カッシーノ

・ その戒律は「服従」「清貧」「童貞(純潔)」であり、ベネディクト会士は黒い修道服を着たことから「黒い修道士」とも呼ばれました。

         ベネディクト会の修道士達

・ ベネディクトゥスの妹スコラスティカも、同じ精神を持って生活する女子修道院を開いています。 同会の会員は「清貧」「従順」「貞潔」および「定住」の誓願をたて、修道院において、労働と祈りの共同生活を送りました。

・ ベネディクト会の活動は、イタリア半島のみならず現在のイギリス、ドイツ、デンマーク、スカンジナヴィア半島、アイスランド、スイス、スペインに及び、中世ヨーロッパにおいて、伝道・神学・歴史記録・自然研究・芸術・建築・土木のそれぞれにおいて果たした役割は大きいと云われます。

・ ベネディクト会からはクリュニー会、カマルドリ会、シトー会、厳律シトー会(トラピスト会)など、多くの修道会が派生、ベネディクト会そのものも存続し続けています。

・ 日本においては、厳律シトー会に属する北海道北斗市のトラピスト修道院でベネディクト会の活動の様態を知ることができます。

   トラピスト修道院




 シャルトリューズ ○ シャルトリューズ (Chartreuse) は、カルトジオ会に伝えられた薬草系リキュールの銘酒で、「リキュールの女王」とも称されます。 

・ エリクサーの一種であ、フランスを代表するリキュールのひとつとされます。


 ケルンのブルーノ2 ・ カルトジオ会、カルトゥジオ会 はカトリック教会に属す修道会で、ケルンのブルーノを創始者として11世紀フランスに発祥、21世紀においても現役の修道会です。

・ カルトジオ会の修道士はシャルトリュー (Chartreux)、英語ではカルトジアン (Cartusian)、イタリア語ではチェルトジノ (Certosino)と呼ばれます。

・ 1081年、ケルンのブルーノはランスでそれまでに築いた地位を捨て、修道生活を追い求めて遍歴をはじめます。 後にシトー会の創設者となるモレームのロベールが院長をしていたモレーム修道院を皮切りに幾つかの修道院に滞在、あるいは設立するも納得できず、最終的にシャルトリューズ山系の人も通わぬ山奥に6人の仲間とともにたどり着きます

・ そして1084年、その標高1000メートルほどの奥地にグランド・シャルトリューズを創建しました。 これは当時2つの修道院からなり、1つは聖職者修道士のための、他方は信徒修道士のための修道院でした(現存しているのは信徒修道士用のほうですが、改築を繰り返したため当時の面影は残っていない)。



○ グランド・シャルトルーズ修道院

・ 静謐な佇まいのグランド・シャルトルーズ修道院はカルトジオ会修道院の総本山。 900年前に建てられた修道院では現在も、社会と隔絶した静寂の中、30人ほどの修道士たちが沈黙と瞑想と祈りに捧げる生活を送っています。

 シャルトルーズ修道院2

・ フレンチ・アルプスの一部を成すシャルトルーズ山塊、そこに建つ神秘的なグランド・シャルトルーズ修道院、そしてその修道院に伝わる薬草酒シャルトルーズ。 いずれも、フランス語では「シャルトルーズ」と言い、今から900年前に設立された修道会のカルトジオ会に関係があります。

・ グランド・シャルトルーズ修道院は、どの方角から修道院を見ても、背後にシャルトルーズ山塊が高く張り巡らされた城壁のごとく迫っています。 俗世間から完全に切り離され、静寂の中で瞑想と祈りに捧げる生活を望んだ修道士たちにとって、この人里離れた山間はまさに理想の地でした。

・ 現在では30名ほどの修道士たちが礼拝や瞑想の日々を送っています。 彼らの生活や修道院の運営は、修道院の管理をまかされている助修道士たちによる肉体労働(木工や鉄細工、薬草酒に使うハーブの選別など)によって支えられています。

        シャルトルーズ44

        シャルトルーズ33

・ 修道士たちが寝起きするのは一人一人に割り当てられた小部屋。 どれも全く同じ大きさの簡素な空間で、外界とは完全に遮断されています。 1階と2階に共用の大部屋が2つずつあり、庭には小さな薬草園があります。 修道士たちは大半の時間を「クビクルム」と呼ばれる、机と祈祷用スペース、ベッドのある小部屋で過ごします。 夜間にも祈祷の時間があるため、睡眠時間は分断されてしまいます。 

・ 総計すると、修道士は一日に9時間祈りを捧げ、8時間休息し、7時間を肉体労働ないし学問に費やしていることになります。



○ グランド・シャルトルーズ修道院博物館>
・ カルトジオ修道会の総本山であるグランド・シャルトルーズ修道院は神秘的な雰囲気に包まれています。 この修道院は見学をすることはできないからです。

     シャルトルーズ博物館2

・ しかし、グランド・シャルトルーズ修道院から2キロほど離れた場所にかつて助修道士たちに割り当てられていたルネッサンス時代の古い建物があり、現在は博物館として公開されています。 この博物館を訪れれば、グランド・シャルトルーズ修道院について理解を深めることができます。

・ 2012年に完全リニューアルされた博物館は資料や日曜生活品、版画など豊富な展示品を誇り、修道院の高い壁の内側でどのような生活が営まれているのかを詳細に伝えてくれます。 映像や修道士たちの体験談など貴重なドキュメントもあり、カルテジオ修道会の神秘や修道士たちの孤独、厳しい修行の一端に触れることができるでしょう。 


 修道院での日々の暮らしを記録したドキュメンタリー映画「大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院」(2006年)も、修道院での静寂さを体感させてくれます。


      映画 『大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院』

          映画

       7月12日(土)より全国順次ロードショー中



            沈黙は金なり・・・?

               パパ

        では、、「リキュールの女王」を・・・!



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

moominspapa ( ムーミン・パパ )

Author:moominspapa ( ムーミン・パパ )
 人は皆、「時間」と「空間」を泳ぎつづける旅人。○△□と、それぞれ姿は違っていても、どこかに「縁」、「絆」という気づかないつながりがあります。

 言葉の巧みさや文字だけでは伝えられないものを大事にする、そんな人間関係を大切にしたい。 
 ユーモアを愛し、論理よりも感覚を大切にしながら、飄々(ヒョウヒョウ)と生きる持ち味を失わずに、同時に成熟した感性と広い視野を持つ・・・LOVE(思いやり)&POWER(知的好奇心)・・・。

 皆さんの日々、そして春夏秋冬に、たくさんの「心のふれあい」や、「素晴らしい出来事」がありますように・・・。 
 そんな、ささやかな願いもこめて・・・あれこれを・・・とどけます。

最近の記事
ブログ内検索
QRコード
QRコード