君の名は ?

  
 12月最初の週末 ・・・ 陽ざしに暖かさを感じる穏やかな土曜日。

 2016年のカレンダーも残り一枚 ・・・ 過ぎ去る年月の速さにため息です。

 生活雑貨のショップは、早くもクリスマス用品から正月用品に ・・・ 追い立てられるように暮らす現代でしょうか。




 カレンダーの日 ・・・ 1872年、日本が太陰太陽暦から現在の太陽暦へ

・ 1872年、政府は 「来る12月 3日を新暦 (太陽暦) の明治6年1月1日とする」 と発表しました。 

・ この改暦により、太陰太陽暦から日本で現在使用している太陽暦が採用されるようになったのです。

・ 太陰太陽暦で動いていた庶民の暮らしに大混乱をもたらした一方で、日本は太陽暦を採用している諸外国と外交上の足並みを揃えられるようになりました。

・ カレンダーに関する全国団扇扇子カレンダー協議会と全国カレンダー出版協同組合連合会が、1988年に制定。




 1億2500万円の純金カレンダー

・ 貴金属ジュエリーのGINZA TANAKAは1日、純金約12.5キロを使用したカレンダー 「ディズニー クリスタルシーズン 純金ビッグカレンダー 2017」 を発表しました。 価格は1億2500万円とか ・・・。


       1億2500万円の純金カレンダー発売a


・ 2017年に創業125周年を迎えることを記念して、純金12.5キロを使い、縦約72センチ、横約45センチの一枚板で製作しました。 各月に関連するディズニーキャラクターをあしらい、ミッキーマウスやウォルト・ディズニーの誕生日には印がついています。 

・ アクリル製のフレームにもディズニーの図柄がプリントされており、カレンダーと組み合わせることによりキャラクターに立体感をもたせています。

・ ほかに、純金1グラム (1万2000円) と5グラム (5万円) のカレンダーも発売中。




 時を遡る事 ・・・ 今からおよそ300年前 (1702年、元禄15年12月14日)、江戸で仇討ち事件がありました。

・ 場所は両国は松坂町、回向院裏の 「吉良邸」。 播州赤穂浅野家の浪士四十七名が吉良上野介の屋敷に討ち入り、その首級を挙げたというおなじみのお話です。



・ 元禄14年3月14日江戸城中 「松の廊下」 において刃傷沙汰。 折しも京都からの勅使饗応の儀式の最中、接待担当の大名で播州赤穂 (兵庫県) 五万三千石の殿様、浅野内匠頭が、なんと儀式儀礼を教える役の吉良上野介に切りつけたのです。


    松の廊下a    


・ さて、 「この間の遺恨覚えたるか」 こう叫んだそうですが ・・・。

・ 幸か不幸か、吉良上野介は死ぬほどの大事には至らなかったのですが、浅野内匠頭は即日切腹、吉良上野介はお咎めなし。 喧嘩両成敗の鉄則に反したばかりに、これから1年9ヶ月にかけて一大ドラマが展開することになるのです。

・ この年の勅使饗応の儀式は単なる年始の挨拶の返応だけではなく、特別の意味合いがあったそうです。 時の将軍綱吉の生母、桂昌院の官位従一位 (皇族以外の女性としては初の) の贈位が朝廷からもたらされる手はずになっていたのです。 ですから親孝行の将軍綱吉はこの大事な日を血で穢されて許せなかったのでしょうか。


・ 原因はハッキリされていないのですが、朝廷接待の儀礼を教えてもらうべき吉良に賄賂を贈らなくて意地悪されたからだとされていますが、他にも色々あるのです。

・ この二人、実は同業者なのです。 双方とも領地に塩田を持っていたのですが、瀬戸内の赤穂の塩の方が、三河の吉良の塩より品質が良く、たくさんとれた。 その辺の嫉妬や羨望もあり、意地悪を続けたという説もあるのです。

・ まだたくさん説はあるのですが、とにかく浅野の殿様は切腹、赤穂の城は没収、家臣は失職離散。 一方、吉良上野介はあくまでもお咎め無し。 これじゃあ片手落ちだと仇討ちとなるのですが、実に1年と9ヶ月を要することになります。



・ 家老の大石内蔵助はあくまでも恩赦特赦によるお家再興を働きかけ続けたのですが、虚しく日が過ぎていきます。 家臣達からの仇討ちの督促や想像以上の世論の期待に耐えきれず、ついに内蔵助は決断をすることになります。

 
 大石内蔵助のイラスト ・ 時は元禄15年12月14日、大石内蔵助率いる総勢四十七名は殿様の命日に討ち入りを決行します。 めざすは両国松坂町 「吉良屋敷」 へ 。


     そして”忠臣蔵”a


・ 翌朝4時、まだ暗い。 激闘2時間の末、見事、御首を挙げた四十七士は、主君の眠る高輪泉岳寺まで凱旋し、墓前に首級を供えたのです。

・ この快挙に江戸市民はやんやの喝さいをしました。 この時代は、ご存知犬公方様の “生類哀れみの令” で庶民はビクビク暮らしており、又、貨幣改鋳という悪政によるインフレにも喘いでいたのです。


     義士泉岳寺a


・ この事件は、そういう息詰まり状態を一挙に晴らした一大爽快事だったのです。

・ 翌年2月、大名家 (熊本細川家、松山松平家、三河水野家、長門毛利家の四つの下屋敷) にお預けとなっていた全員が名誉ある切腹を命ぜられました。 この時点で四十七士は義士とみとめられたのです。

・ 以後、今日まで、日本人好みのこの話は、芝居に映画にと語り継がれています。



 パパ考えるa  ・  赤穂浪士の討ち入りの発端となった江戸城 「松の廊下」 の刃傷 事件直後の吉良上野介の様子を記した文書が見つかりましたそうで ・・・。

  当時の様子をうかがうことのできる貴重な史料として注目を集めています。



 「松の廊下」 直後の吉良上野介 様子を記す文書発見

● 吉良上野介、浅野内匠頭に切られても 「痛み軽く、食事変わらず」

・ 見つかったのは、吉良上野介と関わりが深かった京都の西本願寺から江戸の築地御坊、現在の築地本願寺に宛てて書かれた書状の控えです。 京都市下京区の本願寺史料研究所が西本願寺が保存している資料の中から見つけました。


     「松の廊下」直後の吉良上野介a


・ 書状は、江戸城 「松の廊下」 で上野介が浅野内匠頭に斬りつけられた刃傷事件からおよそ3週間後の日付で、「吉良殿の傷が比較的浅く、ふだんどおりに食事をとっていると聞いたので、お見舞いにうかがうように」 という内容が記されています。

・ そのうえで、浅野内匠頭が斬りつけた理由について、「乱心した」 という情報しかないのでさらに調べるよう、築地本願寺に求めています。

・ 本願寺史料研究所の研究員は 「西本願寺の情報収集でも、刃傷事件の詳しい理由がわからなかったということから、当時、理由が明らかにされていなかったことがうかがえる。 これまで事件直後の史料はほとんど見つかっていないので大変貴重だ」 と話しています。




 ナチス収容所で2年前盗難の扉、ノルウェーで発見

・ ドイツ南部ダッハウにあるナチス・ドイツの強制収容所跡で、2年前に盗難被害に遭っていた鉄製の扉が、ノルウェーで発見されました。


    ナチス収容所で盗難の扉a


・ 扉は収容所入り口の鉄門の一部で、悪名高い標語 「働けば自由になる (Arbeit macht frei) 」 が掲示されていました。


          ナチス収容所で盗難の扉3


・ ノルウェー南西部ベルゲンの警察当局が明らかにしたところによると、扉は匿名筋からの情報により同市郊外で発見されました。 発見場所は屋外だったが、保存状態は良好だといいます。


           ナチス収容所で盗難の扉2a


・ ベルゲン警察は声明で、鉄扉はドイツに 「できる限り迅速に」 返還されると説明。 一方で、事件に関連して容疑者が逮捕されたかどうかについては言及していません。

・ 重量100キロの鉄扉は2014年11月2日に盗まれ、当時アンゲラ・メルケル ドイツ首相が 「恐ろしい」 と非難するなど、怒りの声を巻き起こしていました。



  恐ろしい ! の言葉に、おろかさに対する嘆きが ・・・・ あ・あああ






            君の名は。a


                 君の名は ?


プロフィール

moominspapa ( ムーミン・パパ )

Author:moominspapa ( ムーミン・パパ )
 人は皆、「時間」と「空間」を泳ぎつづける旅人。○△□と、それぞれ姿は違っていても、どこかに「縁」、「絆」という気づかないつながりがあります。

 言葉の巧みさや文字だけでは伝えられないものを大事にする、そんな人間関係を大切にしたい。 
 ユーモアを愛し、論理よりも感覚を大切にしながら、飄々(ヒョウヒョウ)と生きる持ち味を失わずに、同時に成熟した感性と広い視野を持つ・・・LOVE(思いやり)&POWER(知的好奇心)・・・。

 皆さんの日々、そして春夏秋冬に、たくさんの「心のふれあい」や、「素晴らしい出来事」がありますように・・・。 
 そんな、ささやかな願いもこめて・・・あれこれを・・・とどけます。

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